男性プログラマーが半年育児休業してみて

日経新聞の記事によると2016度における男性の育児休業取得率は3.16%だそうだ。2017年の1月から男性である僕も育休を取得したので、この数字に含まれているかもしれない。いずれにせよ育児休業を取得すること自体が結構珍しいことなので、2017年の1月中旬から6月末まで、約半年間の育児休業期間を踏まえて感じたことを載せておく。

前提

会社環境

前提として、そもそも様々な文化の会社があるが、僕が働いている会社は男性が育休を取得することに対して障害があるようなところではなかった。上司から嫌味を言われることは全くなく、会社の担当者の方から必要な手続き等も教えてもらえたので、むしろすごく取りやすかった。他の会社で働いたことがないので比較はできないが、かなりホワイトな会社だと思っている。子供が生まれるに際して、上司や人事に育休を取得したい旨は予め伝えていたので、引き継ぎ業務が少なくて済むようにアサインされるタスクを意図的に減らしてもらった。

 

家庭環境

僕ら夫婦は東京に住んでいるが、僕の両親がいる実家は富山だ。北陸新幹線が数年前に開通したとはいえ、少し遠いし、交通費も掛かるので、何かあったときに気軽には頼れない。妻の実家は神奈川で、僕らの住んでいるところから電車で1時間ほどで行けるので、地理的にそちらには頼りやすい。とりあえず何かあった時にすぐに頼れる人がいるのは心にゆとりが持てる。

妻は妊娠3ヶ月くらいときにつわりがひどくなった。家から電車で片道1時間程の会社で働いていたのだが、通勤するだけでもつらそうな上、妊婦である妻を毎日満員電車に乗せたくなかったので会社を辞めてもらった。妻が会社を辞めることを判断するまでに、妻には休みを取ってもらって様子を見ていたのだが、やっぱりどうにもならなそうだったので二人で話し合った結果、そういう結論に至った。よって、妻は専業主婦としてずっと家にいられる状態ではあったのだが、僕は育休を取得した。

 

期間の設定

僕が働いている会社では、子供が生まれた日から1歳になるまで、最長1年間、育休が取得できるが、僕は期間を約半年と決めた。11月に子供が生まれたが、僕の母が一ヶ月ほど実家の富山から東京に出てきて子育てを手伝ってくれることになった。その間は子育てを妻と母に任せて仕事ができたため、育休を開始する時期は、翌年の1月からとした。1月上旬は次の年度までに無くなってしまう有給を消化したので、書類上はその有給が無くなってからの1月中旬から育休を取得していることになっている。つまり、有給と育休を組み合わせて年末のお休みから6月末までずっとお休みということになる。

 

金銭面

貯金とお金を増やすことが好きなので、あまり普通に生活する上で金銭面では困ってなかった。また、ちゃんと育休中は育児休業給付金が支給されることがわかっていたので問題ない。育児休業給付金は、大雑把に説明すると育休の最初の半年はこれまでもらっているお給料の67%(上限30万円弱)、半年後以降は50%(上限22万強)となる。ただし、給付金は2ヶ月の満期ごとに支給される。つまり、1月中旬から育休を書類上は取得している僕は3月中旬くらいに2ヶ月満期になり、4月に振り込まれるという状態だった。僕は蓄えがあったので問題ないが、少なくとも無収入でも3ヶ月は生活できるお金は必要だということだ。

 

育休中に何をしたか?

子育ての役割分担

子育てにおける役割分担として、色々あるが、これは僕と妻の中で基本的な役割を明確に決めておいた。

妻が授乳する。これは僕にはできない。ミルクを作って飲ませることは出来たが、2月ごろ(生後3ヶ月)から子供が哺乳瓶を嫌がるようになったので、離乳食が始まるまで、子供の胃を膨らませることができるのは妻だけになった。数日間哺乳瓶でミルクを与えなかったことが哺乳瓶を嫌がるきっかけだったように思える。

おむつ交換は僕がする。これは外に一緒に出た時ももちろん僕が担当する。デパート、新幹線、飛行機、どこだろうと。

我が子は夜に3時間おきくらいに起きるのが習慣だったので、奥さんはその度に授乳したので夜寝ることができず、大変そうだった。当然僕も時折あやしたが、深夜対応したのは奥さんの方が割合が多いだろう。

お風呂は僕が子供と一緒に入る。子供がお風呂から上がった時に奥さんに子供を渡す。体が温かくなって湯船の中で眠る子供を見るのはちょっとほんわかした。お風呂から上がった子供にプロペドなどの保湿剤を塗ってあげ、おむつをし、服を着せるのは奥さんの担当。

嬉しいことにうちの子はあまり体調不良にならないが、肌が荒れやすかったので、皮膚科には僕と妻と子供の3人で行った。幸い住んでいるところから歩いて1分以内に行ける距離に皮膚科があったので、子供の肌荒れのために定期的に通院している。

子供の予防接種のために出産した病院へ3人で行っていた。1歳になるまでに10本以上の予防接種をすることを子供が生まれるまで全く知らなかった。注射された瞬間喚くが抱っこして揺らすとすぐに泣き止むうちの子はいい子だ。

 

お宮参りとお食い初め

妻のリクエストでお食い初めとお宮参りをした。この2つのイベントは同じ日に行った。お宮参りやお食い初めはそれぞれ生まれてからn日目にするのが正式なものとされているが、そういうのは無視した。大体でいいのだ。

一応、どこにお宮参りをしに行くか事前に散歩がてらベビーカーを押して下見に行った。候補は住んでいるところに近場の明治神宮と代々木八幡宮。結局、代々木八幡宮でお宮参りをした。理由は2つ。1つは予定していた日に明治神宮でイベントがあるため人が多そうだったから。もう1つは明治神宮は複数の団体で御祈祷するのに対し、代々木八幡宮は僕ら家族だけで御祈祷できたからだ。当日、妻は着物を着たのだが、どう見ても銀座のママにしか見えなかった。銀座のママに会ったこと無いけど。

お食い初めは外食になると、大人もそこで食事することになり、お金が掛かる。そのため、僕がお食い初めの料理を子供のために作ると主張したのだが、妻に却下された。お食い初めができるお店をネットで探して、新宿の住友ビルにある京懐石のみのきちというお店を予約した。大人もここでお食い初めがてらランチする。子供はまだ離乳食すら始まってないので、お食い初めを食べさせるフリだけして、最終的にお食い初めの料理も僕らで食べた。美味しかった。

 

ママ友会

家の妻は出産した時に一緒に入院していたママ友とLINEでつながっている。そして、定期的に子供を連れて皆で集まる。桜が見頃だった時期にも一度、代々木公園で皆で集まった。その際は僕はカメラマンとして一緒にお邪魔した。生まれた日がほとんど同じ子らは育つに連れて個性が出てきて面白い。妻と子に良い友達が出来てよかった。

初めての新幹線

3月(生後4ヶ月)に僕の実家の富山に帰省した。子供にとっては初めての富山。富山へは東京駅から北陸新幹線で2時間20分ほどで着く。北陸新幹線の7号車には赤ちゃんのためのおむつ交換台が付属しているトイレがあるので、7号車の席を予約した。8号車には大きな荷物をおけるスペースがあるので、ベビーカーはそっちへ置きに行った。赤ちゃん連れで新幹線に乗るときは、おむつ交換台の位置を確認しておくといい。子供が生まれる前はそんなこと考えたことすらなかった。新幹線で移動中はずっと子供を抱っこしていたのだが、大人しく寝ていてくれたのでよかった。

帰りの新幹線の中でもすやすや寝ていてくれたので、特に問題はなかった。

 

初めての飛行機

4月(生後5ヶ月)に沖縄へ旅行をした。妻への労いと、僕が休みなのでいつでも時間を融通できるというのと、有効期限が切れるマイルがあったからだ。日曜日の早朝の羽田発の便を予約し、タクシーで空港へ向かった。

普段ならお金がもったいないので電車を乗り継いで行くのだが、この日はタクシーを利用した。早朝だから電車は空いているだろうが、朝早くから電車を乗り継いで空港まで行くのはめんどくさい。特にスーツケースとベビーカーと共にで移動するため、エレベータを利用するのは必至。エレベータの待ち時間や場所を探す手間で予定していた乗り継ぎが出来ない可能性があり、空港に着くのが遅れるのが嫌だった。

空港では赤ちゃんを連れているので、荷物検査などは優先列に並ぶことができた。ありがたし。問題なく、飛行機に搭乗。ゴールデンウィーク前の週を狙って行ったこともあり、機内は空席が目立ち、閑散としていた。一度おむつを換えたくらいで、新幹線と同様に大人しくしていてくれたので良かった。気圧の変化などで耳がおかしくなるので、それによって喚かないか心配だったが杞憂だった。

添乗員さんが子供の初フライトを祝して手書きのカードをくれた。口頭で添乗員さんに子供の名前を伝えたのだが、エンジンの轟音のせいか、正確に伝わっておらず、頂いたカードには我が子の名前に似た別の名前が書かれていた。しかしながら、せっかくのご好意なのでありがたく頂戴する。それはそれでいい思い出なのだ。他にも子供にビニールでできた飛行機のおもちゃを頂いた。

 

気分転換

妻が前の職場の人と夜ご飯を食べに行く際は、いつでも僕が子供を見ていられたので良かった。逆に僕が外に行く時も妻が見ていてくれるので問題なし。子育てから少し離れて遊びに行けたのは心に余裕が持てる。もちろん、予め夫婦でいつどこで何をするのか話あったり、スケジュールを共有したりしていた。

 

エンジニアリング

育休中に一つWebサービスを作ってリリースした。子供と妻が寝た後などに時間を見つけては、ちまちま作っていた。現時点で1日500PV程度のサービスだ。結構時間を掛けて作ったのだが、思ったより人が来なくて悲しい。ただ、初めてDjangoを使ってみたり、UI面でJavaScriptを書いたりと、普段の仕事ではバックエンドの仕事をしていることが多いので勉強になった。今度はもっとマネタイズが期待できるものを作りたい。

Hackイベントにも一度同期の友人と参加した。24時間ぶっ続けで開発するイベントのHackDay2017だが、子供をお風呂に入れるために帰ったり、諸事情で発表会に最後までいられなかったりした。しかも僕が提案したものを開発しているのにだ。一緒に開発した仲間には本当に申し訳なかったが楽しかった。

もともと好きでプログラマーになったので仕事をしなくてもプラグラムは書く。一応ソフトウェアエンジニアとして職場復帰するので、リハビリが必要ない程度には自然に書いていた。

 

子供の手型を作成

これについては時間に余裕があったからできた気がする。詳細は以下をどうぞ。

0歳児の手の3次元データを保存した話

 

子供の成長

6ヶ月で子供はどんどん成長する。身長や体重はもちろんのこと、離乳食を始めたり、寝返りができるようになったり、おもちゃで遊べるようになったりする。初めて声を出して笑ったときは嬉しかった。そういったことを毎日近くで一緒に見ていられたのはとても良い。父親が夜しか帰ってこない家庭の赤ちゃんだと父親の顔を見て泣くこともあるそうだ。うちの子も見たことがない男性には警戒してなのか、緊張してなのか笑顔が消えることがある。ただ、僕には笑顔を見せてくれるので、僕のことを父親とは認識してないかもしれないが、同居している気が許せるおっさん程度には認識しているようだ。

 

まとめ

まだまだこれから歩き出したり話しだしたりと色々な成長を見せてくれるだろうが、とりあえず子どもと一緒に過ごせて楽しい半年だった。ただし、妻には夫がずっと家にいるとつらいと言われてしまった。またお仕事頑張ろ。

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tishibas
ソフトウェアエンジニア
1988年、富山生まれ
写真撮影が趣味
1児の父

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